北京の宮廷。
求婚者たちは処刑台へと連れていかれる。
プッチーニのオペラ《トゥーランドット》は、こんなシーンから始まります。
このオペラは中国を舞台にした、プッチーニ最後のオペラとしても知られています。
実は、プッチーニが完成させたのは、第3幕でリューが命を絶ち、その亡骸が運ばれていく場面まで。
つまり、《トゥーランドット》は未完のまま残されたのです。
その後、プッチーニの残した草稿をもとに、フランコ・アルファーノが最後の部分を補作。
第3幕を壮麗なフィナーレへと導きました。
また、《トゥーランドット》といえば、「誰も寝てはならぬ」を思い浮かべる方も多いでしょう。
「私は勝つ」という力強い言葉から、“勝利のアリア”として知られる一曲です。
けれど、このオペラの魅力はそれだけではありません。
中国の旋律を取り入れた音楽。
色彩豊かなオーケストレーション。
そして、冷たい北京の宮廷を包み込むような大規模な合唱。
ここでは、そんな《トゥーランドット》のあらすじや登場人物、作品の背景をたどっていきます。
《トゥーランドット》とは|基本情報
《トゥーランドット》について、まずは基本情報を整理しておきましょう。
- 作曲年:1920–1924年
- 初演:1926年(ミラノ・スカラ座)
- 台本:アダーミ/シモーニ
- 未完(第3幕途中でプッチーニ死去)
- 補筆:アルファーノ版が一般的
初演の指揮はアルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini)が務めました。
プッチーニが作曲途中で亡くなったため、作品は第3幕途中で未完となっています。
未完となった場所や、その後の補作については、この記事の「《トゥーランドット》はなぜ未完なのか」で詳しく見ていきます。
《トゥーランドット》のあらすじ
《トゥーランドット》は全3幕、上演時間はおよそ2時間半前後の大作です。
そこで、各幕ごとのあらすじをまとめました。
第1幕
北京の宮廷では、謎に答えられなかった求婚者たちが次々と処刑されていきます。
冷酷な姫トゥーランドットは、結婚を望む者に三つの謎を課し、失敗すれば命を奪う掟を定めていました。
群衆が集まる処刑の場に、亡国の王子カラフが現れます。
彼はそこで、父ティムールと忠実な侍女リューと再会しますが、その存在を明かさぬよう説得されます。
やがて姿を現したトゥーランドットの冷ややかな美しさに、カラフは一目で心を奪われてしまいます。
周囲の制止も聞かず、カラフは掟に従い求婚を決意。
銅鑼(どら)を打ち鳴らし、三つの謎に挑むことを宣言します。
こうして、命を賭けた試練が幕を開けるのです。
なぜカラフはこんな危険な姫に惚れたのか、気になる方はこちら。
第2幕
第2幕は、中国宮廷の大臣ピン・パン・ポンの場面から始まります。
彼らは処刑と血に染まった宮廷に疲れ果て、平穏な日常を夢想しますが、再び謎かけの儀式が始まろうとしています。
トゥーランドットは、祖先が受けた屈辱を語り、男たちへの憎しみと、心の奥に秘めた恐れを語ります。
その思いを込めて、三つの謎がカラフに投げかけられます。
緊張の中、カラフは次々と謎を解き明かし、群衆はどよめきます。
ついにすべての謎に正解したことで、掟によりトゥーランドットは彼の妻となるはずでした。
しかし姫は拒絶します。
そこでカラフは逆に、自らの名を明かすことができれば命を差し出すと提案し、夜明けまでの猶予を与えます。
第3幕
夜明けまでにカラフの名を突き止めるため、都には「誰も寝てはならぬ」との命が下されます。
まだ勝敗は決まっていません。
それでもカラフは、自らの勝利を信じ、「私は勝つ」と夜の中で歌い上げます。
一方、捕らえられたティムールとリューは、カラフの名を明かすよう迫られます。
リューは愛と忠誠のために沈黙を貫き、ついには自ら命を絶ちます。
リューの死を目の当たりにした人々は、その亡骸を悼みながら去っていきます。
残されたカラフはトゥーランドットと向き合い、彼女に口づけます。
そして自らの名を明かし、命と運命を彼女に委ねるのです。
夜が明け、トゥーランドットは群衆の前に立ちます。
そこで彼女が告げたカラフの名は――「愛」。
こうして二人の結びつきが示され、物語は壮麗なフィナーレを迎えます。
《トゥーランドット》の登場人物と配役
《トゥーランドット》には、王女トゥーランドットと彼女に挑むカラフを中心に、物語の鍵を握る人物が登場します。
ここでは、主要な登場人物と声種、それぞれの役割を簡単に見てみましょう。
トゥーランドット|氷の心を持つ王女
声種:ソプラノ
中国の王女で、この物語のヒロインです。
祖先の王女が受けた悲劇から男性を拒み、求婚者に三つの謎を課しています。
謎を解けなかった者を処刑することから、「氷の姫」とも呼ばれる存在。
物語は、そんな彼女の心がどのように変化するのかを軸に進んでいきます。
カラフ|三つの謎に挑む亡国の王子
声種:テノール
国を追われ、素性を隠して北京へやってきた王子。
トゥーランドットの姿を見た瞬間に心を奪われ、周囲の制止を振り切って三つの謎に挑みます。
第3幕で歌うアリア《誰も寝てはならぬ》は、この作品を代表する一曲です。
リュー|カラフをひそかに愛する侍女
声種:ソプラノ
カラフの父ティムールに仕える侍女です。
かつてカラフが自分に微笑んでくれたことを胸に、ひそかに彼を愛し続けています。
その静かな愛は、愛を遠ざけようとするトゥーランドットとは対照的です。
第3幕では、物語の大きな転換点を担う人物でもあります。
ティムール|国を追われたカラフの父
声種:バス
亡国の王で、カラフの父。
国を追われたあと、リューに支えられながら北京へたどり着き、息子と再会します。
登場場面はそれほど多くありませんが、リューとの関係や第3幕の悲劇を支える重要な人物です。
ピン・パン・ポン|宮廷に仕える三人の大臣
声種:ピン=バリトン、パン=テノール、ポン=テノール
トゥーランドットの宮廷に仕える三人の大臣です。
コミカルな場面を担う一方で、繰り返される処刑に疲れ、故郷での穏やかな生活を懐かしむ姿も描かれます。
華やかで残酷な宮廷を少し離れたところから眺める、独特の役割を持った三人です。
他にも合唱や群衆の場面が重要な役割を担います。
大編成の舞台が、この作品の壮大さを支えています。
なぜトゥーランドットは三つの謎を出すのか
トゥーランドットは、求婚者に三つの謎を出します。
すべて解くことができれば彼女と結婚できる。しかし、一つでも間違えれば待っているのは死です。
なぜ、これほど残酷な条件を設けているのでしょうか。
その理由は、単にトゥーランドットが冷酷な王女だからではありません。
彼女の心には、はるか昔に生きた祖先の王女ロウ・リンの悲劇が深く刻まれています。
第2幕で歌われる《この宮殿の中で》では、その思いをトゥーランドット自身が語ります。
三つの謎は、求婚者を試すためだけのものではありません。
彼女が男性を拒み、自分自身を守るために築いた高い壁でもあったのです。
祖先ロウ・リン王女の悲劇
トゥーランドットが語るのは、はるか昔、この宮殿に暮らしていたロウ・リン王女の物語です。
ロウ・リンは異国からの侵略によって連れ去られ、命を奪われました。
遠い祖先に起きた悲劇ですが、トゥーランドットはそれを過去の出来事として切り離してはいません。
時を越えて聞こえてくる祖先の叫びを、自分自身が受け継いでいるかのように語ります。
だからこそ、彼女は男性に支配されることを強く拒みます。
求婚者に課される三つの謎と、その先に待つ死。
それは残酷な掟であると同時に、ロウ・リンと同じ運命を繰り返さないために、トゥーランドットが築いた防壁でもあるのです。
《この宮殿の中で》で語られるトゥーランドットの思い
第2幕でトゥーランドットが歌う《この宮殿の中で(In questa reggia)》は、彼女がなぜ結婚を拒み続けるのかを自ら語る重要なアリアです。
ここで語られるのが、ロウ・リン王女の悲劇。
そして、その記憶を受け継いだ自分は、決して男性に屈しないという強い意志です。
そのため、三つの謎は単なる知恵比べではありません。
誰にも自分を渡さない。
誰にも自分の世界へ踏み込ませない。
そんなトゥーランドットの拒絶が、三つの謎という形になっているとも考えられます。
だからこそ、カラフがすべての謎を解いたあとも、彼女は素直に結婚を受け入れません。
カラフが破ったのは、三つの謎だけではなかったのです。
《トゥーランドット》の音楽的特徴
《トゥーランドット》は、プッチーニ作品の中でも特に大規模な音響を持つオペラです。
大編成のオーケストラに、多彩な打楽器。
そこへ合唱や児童合唱が加わり、北京の宮廷を思わせる巨大な音の空間が作られています。
一方で、すべてが壮大な音楽というわけではありません。
トゥーランドットの冷たく硬質な響きに対して、リューには柔らかく抒情的な旋律が与えられています。
さらに、中国民謡《茉莉花》を取り入れるなど、西洋のオーケストラの中に東洋を思わせる響きが重ねられているのも特徴です。
ここでは、《トゥーランドット》を形づくる音の世界を、4つの視点から見ていきましょう。
大編成のオーケストラと打楽器
《トゥーランドット》では、大編成のオーケストラとともに、多彩な打楽器が重要な役割を担っています。
とくに印象的なのが銅鑼です。
第1幕では、カラフが三つの謎への挑戦を決意し、周囲が止める中で銅鑼を三度打ち鳴らします。
この音によって、彼は後戻りのできない世界へ踏み込むことになります。
ほかにも鐘やゴング、木質の打楽器など、さまざまな音色が重ねられています。
それらは単に音量を大きくするためのものではありません。
鋭い響きや金属的な音色によって、宮廷の厳粛さ、不気味さ、そして処刑や謎かけをめぐる緊張を作り出しています。
中国民謡《茉莉花》と東洋的な響き
《トゥーランドット》の舞台は中国です。
プッチーニはその世界を音楽で描くため、中国の旋律を作品の中へ取り入れました。
その代表的なものが、中国民謡《茉莉花(モーリーファ)》です。
この旋律は作品の中で繰り返し現れ、とくにトゥーランドットや北京の世界を印象づける音のひとつとなっています。
もちろん、《トゥーランドット》で聞こえる音楽を、そのまま中国音楽と考えることはできません。
西洋の作曲家であるプッチーニが、中国の旋律や音色を西洋オペラの語法へ取り込み、20世紀初頭のヨーロッパから見た「遠い中国」を舞台上に作り上げたもの。
そう捉えると、この作品独特の色彩も見えてきます。
トゥーランドットとリュー|冷たさと温かさの対比
この作品では、二人の女性に与えられた音楽が大きく異なります。
トゥーランドットを取り巻く音楽には、硬質な響きや大きな跳躍、強い緊張感があります。
巨大なオーケストラを背負って現れる姿は、まさに人を寄せつけない「氷の姫」。
一方、リューの音楽はずっと柔らかく、旋律も人の声が自然に歌うように流れていきます。
冷たく遠いトゥーランドット。
温かく、人を愛するリュー。
二人の違いは人物設定だけではありません。
プッチーニは音楽そのものを変えることで、対照的な二つの女性像を描き分けています。
群衆と合唱が作り出す巨大な舞台
《トゥーランドット》では、合唱も物語を動かす重要な存在です。
第1幕の処刑を見守る群衆。
第2幕の謎かけに集まる人々。
そして第3幕、「誰も寝てはならぬ」という命令によって夜を奪われる北京の民衆。
この作品では、主人公たちだけで物語が進んでいるわけではありません。
群衆が恐れ、興奮し、叫び、ときには一斉に同じ方向へ動く。
その巨大なうねりを合唱が作り出しています。
だからこそ、《トゥーランドット》には一人の王女と王子の恋愛を越えた、都市全体を巻き込むようなスケールがあります。
大編成のオーケストラと合唱が重なったとき、舞台そのものが一つの巨大な楽器のように響くのです。
《トゥーランドット》はなぜ未完なのか
《トゥーランドット》は、プッチーニ最後のオペラであると同時に、本人の手では完成しなかった作品です。
作曲途中の1924年、プッチーニは亡くなりました。
そのため、第3幕の途中から先は完成されないまま残されています。
しかし、《トゥーランドット》そのものが、そこで終わったわけではありません。
プッチーニが残した草稿をもとに、作曲家フランコ・アルファーノが終幕を補筆。
現在では、その補筆を含めた全3幕のオペラとして上演されるのが一般的です。
では、プッチーニ自身はどこまで作曲していたのでしょうか。
そして、現在私たちが聴いているフィナーレは、どのようにして生まれたのでしょう。
《トゥーランドット》に残された「未完」の問題を見ていきます。
プッチーニはどこまで作曲したのか
プッチーニが完成させたのは、第3幕でリューが命を絶ち、その亡骸を人々が運び去る場面までです。
つまり、有名な《誰も寝てはならぬ》も、リューの最期を描いた音楽も、プッチーニ自身によって完成されています。
問題は、そのあとでした。
リューの死によって舞台から人々が去り、残されるのはカラフとトゥーランドット。
ここから、男性を拒み続けてきたトゥーランドットの心が変化し、二人の結びつきへと物語を導かなければなりません。
三つの謎によって誰も寄せつけなかった「氷の姫」が、どのように愛を受け入れるのか。
《トゥーランドット》の物語にとって、最も難しいともいえる場面を残したまま、プッチーニの筆は止まったのです。
プッチーニの死と残された草稿
《トゥーランドット》を作曲していたプッチーニは、1924年に亡くなりました。
しかし、終幕について何も残されていなかったわけではありません。
プッチーニは、トゥーランドットとカラフの場面やフィナーレに向けて、旋律や構想をスケッチとして残していました。
ただし、それらは完成された総譜ではありません。
どの旋律を使うのか。
どのようにつなぎ、オーケストラを鳴らすのか。
残された材料から、ひとつの完成した舞台を作り上げる必要がありました。
そこで、プッチーニの死後、《トゥーランドット》を完成させるための補筆が行われることになります。
アルファーノによる終幕の補筆
《トゥーランドット》の終幕を補筆したのが、イタリアの作曲家フランコ・アルファーノです。
アルファーノはプッチーニが残した草稿をもとに、リューの死後からトゥーランドットとカラフの場面、そして最後の壮麗なフィナーレまでを書き上げました。
現在、《トゥーランドット》が全3幕のオペラとして上演できるのは、この補筆があるためです。
ただし、現在一般的に演奏される形は、アルファーノが最初に書いた補筆版そのものではありません。
初稿は長く、独自に加えられた部分も多かったため、トスカニーニの意向によって大幅に短縮されました。
現在広く知られているのは、この短縮されたアルファーノ版です。
そのため、《トゥーランドット》の最後を聴くときには、プッチーニが残した構想と、アルファーノによる補筆が重なっていることになります。
初演でトスカニーニが演奏を止めた理由
《トゥーランドット》は、1926年4月25日にミラノ・スカラ座で初演されました。
指揮を務めたのは、アルトゥーロ・トスカニーニです。
しかし、この日の演奏ではアルファーノによる終幕まで演奏されませんでした。
第3幕、リューの死と葬送の場面。
プッチーニ自身が完成させた音楽が終わったところで、トスカニーニは指揮を止めます。
そして、ここでプッチーニの筆が止まったことを観客に告げたと伝えられています。
つまり、《トゥーランドット》の初演は、現在のような華やかなフィナーレでは終わりませんでした。
作曲者が音楽を残した最後の場所で、その夜の舞台も終わったのです。
翌日以降の公演ではアルファーノによる補筆部分も演奏され、《トゥーランドット》は現在知られている形で舞台に立つことになります。
アルファーノ版以外の終幕
《トゥーランドット》の終幕は、アルファーノ版だけではありません。
作品が未完で残されたからこそ、「プッチーニなら、この物語をどのように終わらせただろう」という問いも残り続けました。
後年には、イタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオによる新しい補筆版も作られています。
アルファーノ版が壮麗なフィナーレへ向かうのに対し、別の補筆では、トゥーランドットの心の変化をどのように描くかについて異なるアプローチが試みられています。
どの版を採用するかによって、終幕の印象も少しずつ変わります。
そして、それこそが未完作品である《トゥーランドット》の特殊なところなのかもしれません。
どこまでがプッチーニの音楽なのか。
そして、どこからが後世の解釈なのか。
完成されなかったからこそ、その問いには今もひとつの答えがありません。
《トゥーランドット》は「未完」という宿命そのものを抱えながら、今も世界各地の舞台で上演され続けています。
《トゥーランドット》はどこまでプッチーニなのか、を詳しく知りたい方はこちら
《トゥーランドット》の有名アリア
《トゥーランドット》には、《誰も寝てはならぬ》以外にも、登場人物の感情を映し出す名アリアがあります。
物語の流れとともに聴くと、トゥーランドット、カラフ、リュー、それぞれに与えられた音楽の違いも見えてきます。
代表的なアリアを、登場する順に見てみましょう。
- 泣くな、リュー(Non piangere, Liù)
第1幕、カラフのアリア。三つの謎へ挑もうとするカラフが、涙を流すリューに父を託します。 - この宮殿の中で(In questa reggia)
第2幕、トゥーランドットのアリア。祖先ロウ・リンの悲劇と、男性を拒み続ける理由を語ります。 - 誰も寝てはならぬ(Nessun dorma)
第3幕、カラフのアリア。まだ勝敗の決まらない夜に、自らの勝利を信じて歌います。 - 心に秘めた大きな愛です(Tanto amore segreto)
第3幕、リューのアリア。拷問を受けながらも、彼女を支えている愛について語ります。 - 氷のような姫君の心も(Tu che di gel sei cinta)
第3幕、リューのアリア。トゥーランドットへ言葉を残し、自らの命を絶つ直前に歌われます。
《誰も寝てはならぬ》だけではないのが、《トゥーランドット》の魅力です。
カラフの力強さ。
トゥーランドットの冷たさ。
そして、リューの柔らかな抒情。
物語とともに聴いていくと、同じ作品の中でも人物によってまったく違う音の世界が与えられていることが分かります。
《誰も寝てはならぬ》はなぜ有名になったのか
《トゥーランドット》の中で、もっとも有名なアリアといえば《誰も寝てはならぬ(Nessun dorma)》でしょう。
最後に繰り返される「Vincerò!(私は勝つ)」という言葉と、そこへ向かって大きく広がっていく旋律。
オペラを知らなくても、スポーツ中継やフィギュアスケートなどで耳にしたことがある方も多いかもしれません。
しかし、この曲は最初から「勝利の歌」として作られたわけではありません。
《トゥーランドット》の一場面から生まれたアリアが、どのようにしてオペラの舞台を飛び出し、世界中で知られる曲になったのでしょうか。
オペラではどんな場面で歌われる?
《誰も寝てはならぬ》が歌われるのは、第3幕の夜です。
カラフは三つの謎をすべて解きましたが、トゥーランドットは彼との結婚を拒みます。
そこでカラフは、夜明けまでに自分の名前を言い当てることができれば、命を差し出すと提案しました。
トゥーランドットは北京の人々に、カラフの名前を突き止めるまで「誰も寝てはならぬ」と命じます。
つまり、この時点ではまだ勝敗は決まっていません。
それでもカラフは夜空を見上げ、自分は必ず勝つと歌います。
最後の「Vincerò!」は勝利したあとの歓喜ではなく、まだ見えない勝利を信じて放たれる言葉なのです。
パヴァロッティと1990年サッカー・ワールドカップ
《誰も寝てはならぬ》がオペラの世界を越えて広く知られる大きなきっかけとなったのが、1990年のFIFAワールドカップ・イタリア大会です。
BBCが大会中継でルチアーノ・パヴァロッティの歌う《誰も寝てはならぬ》を使用。
さらに大会期間中には、パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスによる「三大テノール」のコンサートも開催されました。
オペラ劇場の中で歌われていたアリアが、世界中の人々が見るスポーツの祭典と結びついたのです。
そして最後に響く「Vincerò!」。
その力強い言葉と大きく高揚する音楽は、勝敗を競うスポーツの世界とも強く響き合いました。
「勝利の歌」としてオペラの外へ
1990年のワールドカップをきっかけに、《誰も寝てはならぬ》はオペラを知らない人にも届く曲となりました。
とくに「Vincerò!(私は勝つ)」へ向かって音楽が高まっていく構造は、勝負のクライマックスと非常によく合います。
その後はスポーツイベントやテレビ、CMなどでも使われ、「勝利」を象徴する音楽として定着していきました。
フィギュアスケートでも、このアリアは競技プログラムの音楽としてたびたび選ばれています。
けれど、物語の中のカラフはまだ勝っていません。
勝利したから歌うのではなく、勝利を信じて歌う。
その本来の場面と、後世に生まれた「勝利の歌」というイメージの重なりこそ、《誰も寝てはならぬ》を特別な一曲にした理由なのでしょう。
《トゥーランドット》の聴きどころ
《トゥーランドット》は、《誰も寝てはならぬ》だけを切り取って聴いても楽しめる作品です。
けれど、全3幕を通して聴いてみると、音楽の景色が大きく変化していくことに気づきます。
第1幕では、群衆の熱狂と銅鑼の響き。
第2幕では、三つの謎をめぐる張りつめた緊張。
そして第3幕では、静かな夜から壮麗なフィナーレへ。
物語が進むにつれて、音楽もまた少しずつ表情を変えていきます。
初めて《トゥーランドット》を聴くときは、細かな音楽理論を追う必要はありません。
まずは、それぞれの幕で空気がどう変わっていくのか。
その違いを感じながら聴いてみてください。
第1幕|銅鑼と群衆が作る熱狂
第1幕で耳を引くのは、舞台を埋め尽くす群衆と打楽器の響きです。
物語は、謎を解けなかった求婚者の処刑を待つ人々のざわめきから始まります。
恐怖に包まれているはずなのに、群衆は興奮し、叫び、処刑そのものを見世物のように待ち構える。
そこへリューの静かな歌や、カラフの《泣くな、リュー》が入り込みます。
そして、トゥーランドットに心を奪われたカラフが打ち鳴らす三度の銅鑼。
その音は、単なる効果音ではありません。
周囲がどれほど止めても、もう後戻りはできない。
三度の銅鑼によって、カラフ自身が物語を次の段階へ動かしてしまう。
その瞬間の熱狂と緊張は、第1幕最大の聴きどころです。
第2幕|三つの謎と氷の王女
第2幕では、第1幕の熱狂とは違う緊張が舞台を包みます。
トゥーランドットは《この宮殿の中で》を歌い、祖先ロウ・リンの悲劇と、自らが求婚者を拒み続ける理由を語ります。
ここで初めて、「氷の姫」の内側が音楽として見えてきます。
そして始まる、三つの謎。
トゥーランドットが問いを投げかけ、カラフが答えるたびに、舞台の空気は張りつめていきます。
一問、また一問。
正解するたびに形勢が変わり、ついに三つすべての謎が解かれる。
ところが、それでも物語は終わりません。
今度はカラフがトゥーランドットへ謎を差し出します。
「夜明けまでに、私の名前を当ててみろ」
第2幕は、勝者と敗者が決まるはずだった謎かけが、もう一つの勝負へ反転するところまで聴いてみたい幕です。
第3幕|夜の静けさから夜明けへ
第3幕は、夜の北京から始まります。
「誰も寝てはならぬ」という命令が出され、人々がカラフの名前を探し続ける中、遠くから声が聞こえてくる。
その静けさの中で歌い始めるのが、《誰も寝てはならぬ》です。
まだ勝敗は決まっていません。
それでもカラフは「私は勝つ」と歌います。
しかし、第3幕の中心にいるのはカラフだけではありません。
リューの死によって音楽の空気は大きく変わり、人々は彼女を悼みながら舞台を去っていきます。
そして、その先にはプッチーニ自身が完成できなかった終幕が待っています。
夜の静けさから《誰も寝てはならぬ》の高揚へ。
リューの悲劇を経て、最後は夜明けとともに巨大なフィナーレへ。
第3幕では、一つの幕の中で光景が大きく変わっていく、その振幅そのものを味わってみてください。
《トゥーランドット》FAQ
最後に、《トゥーランドット》についてよくある疑問を簡単にまとめます。
舞台となった場所や作品が未完となった理由、《誰も寝てはならぬ》についてなど、気になるところから確認してみてください。
《トゥーランドット》の舞台はどこ?
《トゥーランドット》の舞台は、伝説時代の北京です。
皇帝の宮廷を中心に、王女トゥーランドットへ求婚する王子たちと、三つの謎をめぐる物語が描かれます。
トゥーランドットとはどういう意味?
「トゥーランドット」は、この物語の王女の名前です。
名前の由来はペルシア語の「トゥーラーンの娘」を意味する表現にさかのぼるとされ、物語そのものもペルシア系の説話に源流があります。
《トゥーランドット》はなぜ未完なの?
作曲途中の1924年に、プッチーニが亡くなったためです。
完成できなかった第3幕の終幕は、残された草稿をもとにフランコ・アルファーノが補筆しました。
プッチーニはどこまで作曲した?
第3幕、リューの死と、それに続く葬送の場面付近まで完成させました。
そのため、カラフとトゥーランドットが向き合い、物語が大団円へ向かう部分はプッチーニ自身による完成稿ではありません。
《誰も寝てはならぬ》は誰が歌う?
第3幕で、主人公カラフが歌うテノールのアリアです。
まだ勝敗の決まっていない夜、カラフが自らの勝利を信じて「Vincerò!(私は勝つ)」と歌います。
《トゥーランドット》の上演時間は?
一般的には、休憩を含めて2時間半〜3時間ほどです。
全3幕の作品で、上演する劇場や使用する補筆版、休憩時間などによって全体の長さは変わります。
氷の王女と、夜明けの音楽
《トゥーランドット》は、三つの謎をめぐる物語です。
けれど、その奥にあるのは、誰にも心を許そうとしない王女と、その閉ざされた世界へ踏み込んでいく人々の物語でもあります。
最後に、この記事で見てきた《トゥーランドット》を振り返ってみましょう。
処刑を待つ群衆の声から始まった物語は、三つの謎を越え、「誰も寝てはならぬ」と命じられた夜へ向かいます。
その夜には、勝利を信じるカラフがいる。
ひそかな愛を貫くリューがいる。
そして、誰も近づけなかった心を抱えたトゥーランドットがいます。
やがて夜が明ける。
けれど、その夜明けをプッチーニ自身が最後まで音楽にすることはできませんでした。
だからこそ《トゥーランドット》には、壮麗なフィナーレを迎えてもなお、どこか答えの出ない余韻が残ります。
氷の王女は、本当に愛によって変わったのでしょうか。
そんな問いも胸の片隅に置きながら、今度は物語とともに《トゥーランドット》を聴いてみてください。
同じ《誰も寝てはならぬ》も、少し違った夜の音楽として聞こえてくるかもしれません。