こんにちは、響です。
洋の東西を問わず、親が子どもの名前をつけるときには、いろいろと願いや思いが込められますよね。
有名な落語『寿限無』――
あの「じゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ……」と、呼ぶだけで日が暮れてしまいそうな長い名前。
あれは落語の世界の話、と思っていませんか?
実は、ヨーロッパの作曲家の中にも、「これが本名?」と驚いてしまうほど、長い名前の人物が少なくありません。
その代表格が、この人。
Giacomo Antonio Domenico Michele Secondo Maria Puccini
(ジャコモ・アントニオ・ドメニコ・ミケーレ・セコンド・マリア・プッチーニ)
ジャコモ・プッチーニ。
《蝶々夫人》や《トゥーランドット》で知られる、イタリア・オペラの巨匠です。
確かに長い。
でも、もう一つ、気になる点がありませんか?
そう。
プッチーニは男性なのに、名前の中に「マリア」が入っているのです。
なぜ、男性の名前に“マリア”が入るのか。
今回は、プッチーニの長い本名の意味と、男性名に「Maria」が含まれる理由を、19世紀ヨーロッパの命名文化を通してお伝えします。
名前は“名刺”だった時代
ここで、少しだけ歴史の話に耳を傾けてみてください。
19世紀のヨーロッパでは、王侯貴族が社会の中心に位置していました。
現在も王室を戴く国はありますが、当時は彼らの家名や血統が、政治や文化の前面に立つ時代だったのです。
そして彼らの正式名は、驚くほど長いことが珍しくありませんでした。
なぜなのでしょうか。
それは、名前の中に
- 洗礼名
- 家名
- 出自や家系を示す語
などをすべて含めていたからです。
有名な例を挙げるなら、フランス革命の象徴ともいえるマリー・アントワネットでしょう。
彼女のフルネームは、
マリー=アントワネット・ジョゼフ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ=オートリッシュ
長いですよね。
この名前には、聖人名や家族との結びつきが刻み込まれています。
そして最後の「ド・ロレーヌ=オートリッシュ」。
ここは、彼女がハプスブルク家(オーストリア=ロレーヌ家)の出身であることを宣言している部分なのです。
つまり、王侯貴族の名前とは――
その人の立ち位置や家の権威を背負った、いわば“名刺”のようなもの。
日本でいえば、『源氏物語』に登場する「頭中将」や「大納言殿」といった職名。
あるいは「藤原の」「安倍の」といった呼称と同じ装置と言えるでしょう。
プッチーニの本名はなぜここまで長いのか
ここで、冒頭でも触れたプッチーニの本名について、改めて考えてみましょう。
彼の名前をもう一度並べてみると、本当に圧巻です。
ジャコモ・アントニオ・ドメニコ・ミケーレ・セコンド・マリア・プッチーニ
これだけの名前を背負っているのですから、
王侯貴族の出身なのでは、と思うかもしれません。
けれど彼は、イタリアの都市ルッカに代々続く、教会音楽家の家系に生まれました。
ジャコモ・プッチーニは、王族ではなく、宗教音楽を担う家に育った音楽家だったのです。
では、この長い名前を少し分解してみましょう。
アントニオ、ドメニコ。
どちらもカトリックの聖人名です。
ミケーレは、大天使ミカエルに由来します。
そして「セコンド」は「第二の」という意味で、家系内での順番を示す名前と考えられています。
19世紀イタリアでは、守護聖人の名前を重ねる命名が広く行われていました。
さらに、家族内での位置づけを示す語が加えられることも珍しくありません。
日本でいえば、戦国時代の武家の子どもが「次郎」や「三郎」と呼ばれていたのと、どこか似ていますね。
男性にも「Maria」が入る理由
そして、最後に残るのが「マリア」です。
男性なのに、なぜ「マリア」という名前が入っているのか。
そう思われるのも当然でしょう。
ここには、カトリック信仰の影響が大きく関わっています。
カトリックにおいて、マリアは聖母。
信仰の中心的存在のひとりです。
そのため、カトリック圏では聖母への敬意や献身のしるしとして、男性名にも「Maria」を加える慣習が生まれました。
これはいわば「献名」の文化。
マリアの名をいただくことで、その加護を願うという発想です。
日本ではあまり見られない命名なので、不思議に感じるかもしれません。
けれど、恩師や尊敬する人物の名前を子どもに授けたり、祖父母の名前を受け継いだりすることがありますよね。
そう考えれば、決して特別なことではないのかもしれません。
◇ ◇ ◇
現代では、長い名前を持っていても、略称で呼ばれることがほとんどです。
ジャコモ・プッチーニも、私たちはただ「プッチーニ」と呼びます。
けれど、その正式な名前の中には、家系、信仰、守護聖人への祈り――
幾重にも重なった文化が静かに宿っています。
名前は祝福なのでしょうか。
それとも、背負うべき重荷なのでしょうか。
音楽家としてのプッチーニは、愛と死、祈りと情熱を舞台に描き続けました。
《蝶々夫人》や《ラ・ボエーム》、
そして、氷の姫の名を持つあの作品――
《トゥーランドット》。
彼の音楽の中にもまた、名前が象徴する“祈り”や“運命”が、どこか響いているのかもしれません。
長い正式名に刻まれた文化を思い浮かべながら、あの壮麗なオペラを聴いてみる。
そうすると、少し違った景色が見えるかもしれませんね。